人種差別
また、「自由と民主主義の橋頭堡」を自称するものの、1862年の奴隷解放宣言以降、第二次世界大戦後に至っても法の上での白人種による人種差別が認められており、1960年代にはこの様な状態に抗議するアフリカ系アメリカ人を中心に、法の上での差別撤廃を訴える公民権運動が行なわれた。これらの運動の結果、1964年7月にリンドン・ジョンソン大統領の下で公民権法(人種・宗教・性・出身国による差別禁止)が制定された。
しかし、その後も現在に至るまで先住民やユダヤ系移民、非白人系移民とその子孫(アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック、日系アメリカ人など)などの少数民族に対する人種差別問題は解決されておらず、大きな社会問題として残っている。
貿易赤字
また、1965年から1975年の10年に渡り行われたベトナム戦争における事実上の敗退前後には、深刻な麻薬汚染とそれがもたらした治安の悪化に悩ませられるようになった。また、石油ショック以降の原油の値上がりによって基幹産業の1つである自動車産業などが大きな影響を受け、1970年代以降は日本などの先進工業国との貿易赤字に悩ませられることとなる。 |
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特に1980年代に入ると、日本との貿易摩擦が表面化し日本製品をホワイトハウス前で議員がハンマーで叩き壊すという現象(ジャパンバッシング)も生まれた。近年は、中華人民共和国に対する貿易赤字が膨張している。
「世界の警察」
1990年代以降、冷戦構造が終結すると名実共に唯一の『超大国』、『覇権国家』となり、「世界の警察」を自認した。その後も日本や韓国、サウジアラビアやドイツなど国外の戦略的に重要な地域に多くの基地を維持し続け、パナマ侵攻や湾岸戦争など各国の紛争や戦争に積極的に派兵した。特に中東地域においては、ユダヤ系アメリカ人やイスラエル系ロビイストの影響力により露骨にイスラエル寄りの姿勢を保つため、中東のアラブ系、イスラム系国家の国民から多くの反発を買うことになった。
また、経済のグローバル化に伴い冷戦時代に軍事用として開発されたインターネット・ITが民間に開放され爆発的に流行した。1992年からの民主党政権下ではITバブルと呼ばれる程の空前の好景気を謳歌した。
現在
2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件後、ブッシュ政権は「テロ支援国家」としてイラン、イラク、北朝鮮を名指しで非難し「テロとの戦い」を宣言してアフガニスタン侵攻、イラク戦争へとつながったが、イラク戦争には「石油を狙った侵略行為」であると批判する声も存在する。
アメリカ同時多発テロ事件を境として、アメリカを取り巻く環境ないしはアメリカの世界への対応は劇的に変化し、国際情勢や各国間の関係にも大きな変化がおこっている。現在も“アメリカの死活的利益擁護のためには武力行使を含むあらゆる手段を選択”と宣言している。同時多発テロ後のアメリカは全体主義の傾向が強まりつつあると言われており2005年以降、テロ対策を目的に連邦情報機関が大統領令に基づき具体的な法令的根拠・令状なしに、国内で盗聴・検閲等の監視活動を行っていることについては批判の声もあがっている。
国連の意向を無視するなど、アメリカ同時多発テロ事件以降のブッシュ政権のイラク戦争に至るまでの強引な姿勢は、世界中で反米感情を引き起こした。だが2006年秋の中間選挙で民主党が大勝したことや、イラク問題が泥沼化した中でブッシュ政権はこれまでのような強引な姿勢を継続するのはきわめて難しくなった。今後アメリカはより国際協調を重視する路線に移行する可能性がある。 |