ハワイ州(Hawai‘i
HI。ハゥワァイイー)は、太平洋に位置するハワイ諸島にあるアメリカ合衆国の州である。漢字では布哇と書く。
ハワイ島、マウイ島、オアフ島、カウアイ島など主要な8つの島(うちニイハウ島は個人所有)と100以上の小島からなる諸島が丸ごとハワイ州に属している。州都はオアフ島のホノルル市。
歴史
ハワイ諸島へ人類が移民してきたのは、4世紀から8世紀頃(史料が乏しくはっきりわかってはいない)で、南方のテ・ヘヌア・エナナ(マルケサス諸島)からと考えられている。この際に使用されたと考えられているのが、双胴の航海カヌーと、スター・ナヴィゲーション、ウィンド・コンパスなどと呼ばれる、リモート・オセアニア海域で広く用いられた航法技術である。ちなみにハワイへの移民がテ・ヘヌア・エナナから行われたとの説はビショップ博物館所属の日本人研究者、篠遠喜彦博士の釣り針編年研究が基礎となっている。 |
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- 1778年
イギリス人キャプテン・クックが来航したのをきっかけに白人との接触が始まる。
- 1795年
カメハメハ1世(大王)が白人たちが持ち込んだ銃器を利用し、3つの王国が分立していたハワイ諸島を統一、ハワイ王国を建国する。
- 1820年
多くの宣教師がアメリカから移住し、キリスト教文化がハワイに定着していく。また、アメリカ人によるプランテーション農場のための土地の収奪がはじまる。
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現在もハワイの女性の正装であるムームーは、上半身裸が普通であった往時のハワイの女性が、キリスト教的に"淫ら"だとして、宣教師が普及させたものと言われている。
- 1840年 憲法公布をして立憲君主制となる。
- 1843年 イギリスがハワイの領有を宣言。
- 1849年
フランスがハワイの領有を宣言。ハワイを巡る列強の抗争は激しくなる。
- 1881年
カラカウア王が来日し、明治天皇と会見し、明治政府との間で移民協定が結ばれる。
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先立つこと13年、1868年(明治元年)には「元年者」と呼ばれる日本人移民がハワイに移住していたが、元々徳川幕府と移民ブローカーとの協定で募集された移民だったため、発足直後の明治新政府から認められておらず、移民達はパスポートすら持っていない、いわば非合法状態であった。
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なおこの時、西欧諸国の政治的経済的侵略に危機感を感じていた王は、カイウラニ王女と山階宮(後の東伏見宮依仁親王)との政略結婚によるハワイ王朝と天皇家との間の関係強化を画策したが、こちらはアメリカとの関係悪化を懸念する日本政府から丁重に断られた。
- 1885年 初の官約移民が日本からハワイに渡る。
- 1891年 リリウオカラニ女王が即位。
- 1893年
アメリカ人農場主らが海兵隊の支援を得てクーデターを起こし、王政を打倒して臨時政府を樹立。この時、日本は邦人保護を理由に軍艦2隻をハワイに派遣し、ホノルル軍港に停泊させてクーデター勢力を威嚇した。臨時政府はアメリカに併合を求めるが、就任直後のクリーブランド大統領はこれを渋る。
- 1894年7月4日
アメリカによる併合に時間が掛かると判断した臨時政府は、新憲法を発布しハワイ共和国を宣言した。大統領はサンフォード・ドール。
- 1895年1月16日
ハワイ人王政派が武装蜂起したが短期間で鎮圧される。この武装蜂起を支援したとしてリリウオカラニ女王が逮捕・幽閉される。
- 1895年1月22日 リリウオカラニ女王廃位(ハワイ王国滅亡)。
- 1898年
アメリカ合衆国、ハワイ共和国を併合、ハワイ準州(米自治領)となる。
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以後ハワイはアメリカの太平洋支配の拠点となり、オアフ島のパールハーバー(真珠湾)に大海軍基地が建設された(現在もアメリカ海軍太平洋艦隊の基地がある)。
- 1941年12月7日(日本時間12月8日)
真珠湾攻撃が行われ、太平洋戦争(日本側呼称大東亜戦争)が始まる。
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ハワイの日系人は、日本人会会長や僧侶など、日本人社会を代表する一部の人々を除き収容所に収容されなかった。これは当時、ハワイが正式な州でなかったこと、アメリカ本土から離れていること、そして何より、当時の人口の4割程度を占める日系人を強制収容すれば、ハワイの社会や経済活動が崩壊しかねないという事実が影響したようである。
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ハワイで生まれ育ち、合衆国の市民権を持つ日系の若者の多くは、自ら進んで志願兵となることで祖国に対する忠誠心を示そうとした。彼らハワイの日系人だけで組織された陸軍第100大隊は、後に本土の日系人部隊と合流し442連隊となり、欧州戦線において多くの犠牲と引き換えに目覚ましい戦果を上げた。彼らの献身的で勇敢な戦いはすべてのアメリカ人に深い感銘を与え、ハワイのみならず戦後の米国社会における日系人の地位向上に大きく貢献した。
- 1959年
米国50番目の州に昇格し、本格的なリゾート開発が始まる。
地理
ハワイ州は海によって囲まれている唯一のアメリカ合衆国の州である。アラスカ州とならび、陸続きのアメリカ合衆国州がない2つの州の1つである。50州を国土の定義とした場合、ハワイ州はアメリカ合衆国の最南端部である(本土のみで考えた場合、フロリダ州en:Ballast_Key)。
アメリカ合衆国の最南端部に位置しているのに加え、ハワイ州は熱帯地方に位置している。ハワイ州はアメリカ合衆国本土以外に位置する2つの州のうちの1つであり、北米大陸上に位置しない唯一の州である。州の面積は、キラウエア火山から流動性の高い溶岩が流れ出ているため、その面積は増加し続けている。
ハワイ諸島は8つの島々や環礁によって構成されおり、その延長は距離 2,400
km(1500
マイル)にわたって伸びている。諸島のうち、8つの大きな島は"主要な島々(main
islands)"と考えられていて諸島の南東部に位置している。これらの島々は北西部から南東部順に、ニイハウ島、カウアイ島、オアフ島、モロカイ島、ラナイ島、マウイ島、カホオラウェ島並びにハワイ島である。
ハワイ州があるハワイ諸島の島々は、海底火山によってつくられた。現在ハワイ島がある地点には、ホットスポットと呼ばれる火山活動の一つが太古から存在する。これはマントルの活動の結果として太平洋プレートよりも深い地中の一定の場所に存在し続け、直上の海底に向けて噴火活動を繰り返している。太平洋プレートは太平洋の中央海嶺である東太平洋海膨から日本列島・千島列島の方へ向けて移動し続けているため、太平洋プレート上(=海上)から見ると「かつてホットスポットの直上に出来たが、太平洋プレートの移動に連れて位置がずれて活動が停止した火山島」が北西へ向けて列をなしているのがわかる。北西に移動するにつれ、海底に沈みこみハワイ海山群及び天皇海山群となり、カムチャツカ半島の根元に至る。その海山と島の列の、最も新しい島々が、ハワイ諸島である。
国立公園局(National Park
Service)の管理及び保護下に置かれている地域は:
- Ala Kahakai National Historic
Trail(ハワイ島)
- ハレアカラ国立公園(Kula)
- ハワイ火山国立公園(ヒロ)
- カラウパパ国立歴史公園(カラウパパ)
- Kaloko-Honokohau National
Historical Park(Kailua-Kona)
- プウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園(ホナウナウ)
- Puukohola Heiau National
Historic Site(Kawaihae)
- アリゾナ記念館(ホノルル)
人口動勢
2005年現在、ハワイ州は前年より、13,070人、または1.0%増加し2000年より、63,657人、または5.3%増加した、人口
1,275,194人と見込まれている。これは48,111人
(出生96,028人、死亡47,917人)
と前回の国勢調査からの自然増並びに州内への移住者16,956人の増加が含まれる。アメリカ合衆国外からの移住は30,068人増加する事となり、合衆国内部の移住者は13,112人減少する事になる。ハワイ州の人口重心(Center
of population)はオアフ島及びモロカイ島間となっている[1]。
民族構成
- アジア人 41.6%
- 日系人 16.9%
- フィリピン系 14%
- 中国系 4.7%
- 朝鮮系 1.9%
- ベトナム系 0.6%
- 白人 24.3%
- 先住ハワイ人 6.6%
- 黒人 1.8%
日系アメリカ人
アジア系の住民のなかでも特に日系人が多く、出身国(民族)別では最多である。その影響もあってか、他の49州と異なり、仏教徒の比率が高く、寺院や神社も州内各所に点在する。また、オアフ島北東地域には、人口は少ないがモルモン教信者のコミュニティも存在する。
最初の日系移民は1885年2月9日にハワイに到着した。現在日系人は1世から5世までいるといわれている。3世以降の日系人の殆どは日本語が話せないが、単語のみを知っていることが多い。
また、ハワイは日本人にとって人気の観光地であり、旅行会社などハワイ在住の日本人駐在員も多く、その数は約2万人と言われている(実際はもっといると思われる)。日本にとって馴染み深い州であり、ワイキキ周辺では日本語もかなり通じる。一般的にアメリカ国内の公的な場所での表記は英語、ついでスペイン語であるが、ワイキキ周辺では英語についで日本語となっている。ワイキキ周辺では、日系人以外でも日本語を理解できるものが多い。しかし聞き取りはできても話せないか、話せても(下手だから)使いたがらないという者も多い。
ネイバー・アイランドと呼ばれる、オアフ以外の島では、都市部の日系人コミュニティを除き、日本語は殆ど通じないと考えた方が良い。
ハワイ先住民
純粋な先住ハワイアン(Native Hawaiians)
は現在かなり減少している。先住ハワイアンと言われる民族は、約10万人程度である。しかし、これらの人々の中でも純血と言える人は稀である。現在広く用いられているのは、1920年に成立した「ハワイ人住宅寄託法」で示された「キャプテン・クック来航以前にこの島々に住んでいた人々の血を50%以上引いていること」という定義である。
ちなみに、あるハワイの伝統的な私立学校(カメハメハ・スクールズ)は、先住ハワイアンの血を引く者のみしか入学できないというのが条件である。ただしこの入学規定は2005年9月の連邦巡回控訴裁判所において違法との判決を受け、現在も係争中である。この判決には先住ハワイアンのみならずハワイ社会全体から広範な反発が起きている。
この背景として、カメハメハ・スクールズはカメハメハ1世の直系の子孫であるバーニス・パウアヒ・ビショップが、遺言によって設立した私立学校であり、公的な助成金を一切受けておらず、また彼女の遺言によって先住ハワイアンの教育を旨とすべきことが示されているという歴史がある。
カメハメハ・スクールズは2006年11月には上級審で逆転勝訴したが、敗訴した白人少年側は「カメハメハ・スクールズが入学を許可しなかったことで生じた学習の遅れに対する損害賠償」を求めて反訴する意志を示していると伝えられる。
ポリネシア人である彼らが伝統的に用いた言語がオーストロネシア語族に属するハワイ語である。英語とともに公用語であるが、母語とする話者は少ない。
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