ルイジアナ州 (Louisiana LA) はアメリカの南部の州。
州都はバトンルージュ市、最大の都市はニューオーリンズ市である。元フランス領で、現在でも英語とフランス語を公用語とし、民法はナポレオン法典が用いられる。またルイジアナ州の行政区画として郡(county)のかわりにパリッシュ(教区,
parish)が用いられるのもフランス時代の影響である。
歴史
1528年にスペインの探検隊がミシシッピ川河口に到達し、1541年には別のスペイン探検隊がこの地域を横断したが、スペインは全く放置していた。1682年、フランス領カナダから南下したフランス人ロベール=カブリエ・ド・ラ・サールがこの地をルイ14世にちなんでルイジアナと命名し、1699年にはフランス人が最初の植民を行った。フランス領ルイジアナはミシシッピ川流域からカナダに至る広大な領域であるが、実際にはいくつかの交易拠点の網の目によって構成されていた。フランスは1722年フランス領ルイジアナの首府をニューオーリンズ市(フランス語ではヌーベル・オルレアン、つまり新しいオルレアン)に移した。 |
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北米ではフレンチ・インディアン戦争と呼ばれる七年戦争の結果、フランスはカナダ植民地と(ニューオリンズ付近を除く)ミシシッピ川以東の地をイギリスに割譲し、残りのニューオーリンズ市及びミシシッピ川以西も1762年のフォンテヌブロー条約でスペインに譲渡された。なおカナダ東部沿海アカディア植民地(英名ノヴァスコシア)のフランス系住民は1755年英国王に対する忠誠表明を拒んで強制追放され、当時まだフランス領だったルイジアナに大挙して移住し、ルイジアナのフランス系人口を飛躍的に増大させた。これらフランス系住民はケイジャンと呼ばれる。スペインを支配したナポレオンは1800年にルイジアナをスペインから取り戻したが、1803年には財政上の必要などからアメリカ合衆国に売却した。ルイジアナは1762年から1800年までスペイン領だったが、この間行政官はスペイン人だったとしてもスペイン人植民者はほとんど入らず、フランス系社会が存続した。つまりルイジアナ州はフランス系植民社会としての歴史を100年以上もっていることになる。
1812年アメリカ合衆国としてのルイジアナ州が成立、1849年に州都がニューオーリンズ市からバトンルージュ市に移された。豊饒なルイジアナの大地に綿花と砂糖のプランテーションが形成され、非常に豊かな州となるが、1861年に勃発した南北戦争では南部連合に加盟して合衆国から分離、1862年には北軍に占領された。北軍占領中、州都はバトンルージュ市から戦略的に重要なニューオーリンズ市に置かれた。1868年合衆国への復帰が認められている。1901年には州内で石油が発見され、ルイジアナは一時重要な産油地帯となった。
地理
州全体がメキシコ湾大平原の一角を占め、州の東境を北米最大のミシシッピ川が南流し、メキシコ湾に注ぐ。ミシシッピ川を境界にして東はミシシッピ州であるが、河口付近ではルイジアナ州が大きく川の東側に張り出している。州の南はメキシコ湾に面し、西はテキサス州、北はアーカンソー州と接する。
ニューオーリンズ市郊外のポンチャートレイン湖に世界最長のポンチャートレイン湖コーズウェイ(全長38.4キロ)がかかる。
地質
白亜紀の地層を第三紀と第三紀以降の堆積物が覆っている、州の多くの地形、湿地帯はミシシッピ川に依るところが大きく、元々海であった地域は河流を下ったシルトなどの堆積で陸になっている
沿岸部では塩、たまに油が穫れる。さらに沖合い部はテキサス州沖合い部と並んで米国有数の油ガス田地帯になっている。
人口動勢
2005年7月現在(ハリケーン・カトリーナ及びリタの上陸以前)、ルイジアナ州は前年より16,943人、または0.4%増加し、2000年より
54,670人、または1.2%増加した、人口4,523,628人と概算された。これは129,889人(出生350,818人、死亡220,929
人)と前回の国勢調査からの自然増並びに州内への移住者69,373人の増加が含まれている。アメリカ合衆国外からの移住は20,174人増加する事となり、合衆国内部の移住者は89,547人減少する事になる。
ルイジアナ州の人口重心(Center of population)はNew
Roadsがある、Pointe Coupee Parishとなっている。
この州の人種的関係は:
- 62.5% 白人
- 32.5% アフリカン・アメリカン
- 2.4% ヒスパニック
- 1.2% アジア
- 0.6% 先住民
- 1.1% 混血
この州の5つの最大な祖先は:アフリカン・アメリカン
(32.5%)、フランス系/フランス系カナダ人 (16.2%)、アメリカ人
(10.1%)、ドイツ系 (7.1%)、アイルランド系 (7%).
2000年現在、ルイジアナ州民の5歳及びそれ以上の91.2%は家庭で英語を話し4.8%はフランス語を話している。スペイン系は2.5%で、3番目に多く話されている言語である。0.6%はベトナム系、0.2%はドイツ系を話している。なおルイジアナ州で話されている英語はアメリカ英語南部方言である。
彼らが話すフランス語はケイジャン (Cajun)
フレンチと呼ばれ、カナダ東部のノヴァスコシアで話されるフランス語アカディア方言に由来するものである。その理由は1755年七年戦争(フレンチ・インディアン戦争)中、ノヴァスコシアのフランス系住民が英国に対する忠誠を拒んで強制追放され、多くのアカディア方言話者がフランス領ルイジアナに移住してきたためである。アカディア方言はフランス南部のアンジュー・ポワティエ方言に由来するため、標準フランス語とは相当な違いがある。近年ルイジアナ州におけるフランス語話者は減少気味だが、1960年代以来フランス語とフランス文化を保存する努力がなされ、学校でも教えられている。
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